
四月二十八日、教育基本法改悪法案が、国会に提出されました。与党(自民・公明)は、これまで七十回におよぶ密室協議を重ねてこの法案を作りました。
しかし、国民にこの法案の中身が知らされたのは、このときが初めてです。この法案の問題点はどんなところにあるのでしょうか。次の文は、四月二十八日、全教統一行動での佐貫浩法政大教授の講演からの抜粋です。この教育基本法改悪案のことを考える上での参考にして下さい。
「教育の目標」を追加
第一は、私は、あらたな条項として、「教育の目標」(第2条)という項目が付け加えられたことが、今回の教育基本法改悪の最大の問題点であると考えています。
大田尭先生は、「教育基本法の中に国民が守るべき道徳的な項目や態度というものを書こうとして、その数が増えれば増えるほど、それは教育勅語に近づいていかざるをえない」というふうに指摘されていました。正に、そうだと思います。教育基本法は、戦前の教育勅語によって国民の思想や価値観が統制され、戦争に動員されていった歴史への深い反省に立って、国家が教育内容を統制してはいけない、国民を直接統制するような価値項目、態度項目を教育の法令の中に組み込んではいけないということを明確にするために、作られました。
しかし現行法には「教育の目的」の条項で、「平和」や「人格の完成」という価値規定があるじゃないかと言われますが、この「目的」条項は、むしろ教育の本質規定条項とも言うべきものなのです。すなわち、教育は「人格の完成」という教育本来の目的達成のために行われるべきものであって、国家が政策目的を実現するために教育を利用し統制するようなことは、2度と繰り返してはならないことを規定しているのです。また、「平和的な国家及び社会の形成者」の育成という規定は、戦前はどんな国民が望ましいかを国家が教育勅語によって規定したけれども、絶対それは許されないことであり、逆に、民衆が国家をつくることが国民主権の基本であり、教育はそういう主権者の育成を目的として行われなければならないことを明らかにしているのです。すなわち民衆が国家をつくることにおいて、民衆ははじめて国民になることができるのです。国家が国民の「資質」を決めて国民を育成するのではないのです。
しかも教基法は、ここで示された教育の目的を実現するための教育がどういう内容や価値を持たなければならないかは、教育に携わる関係者、国民の自治的な協同によって「直接」(現行法第十条)に決めるべきこと、そのために教育に対する権力の「不当な支配」を禁じ(同十条)ているのです。
ところが、今回の改正案の「教育の目標」には、およそ二十におよぶ徳目、態度が組み込まれています。こういう態度や徳目が組み込まれるということは、国家が国民に価値観や徳目を明示して強制する法――現代版教育勅語――になることを意味しています。教育基本法の基本性格が、国家統制を禁止するものから、国家が教育を統制するものへと百八十度組み替えられるのです。これこそが、今回の改正のもっとも中心問題だと考えます。
「国を愛する態度」
第二の問題は、その「目標」の一つに、「国……を愛する……態度」、すなわち愛国心が書き込まれ、その愛国心を国家が強制することが法的に規定されるということです。「国を愛する態度」とは何かは、政府や行政が決定して、それを学校教育に押しつけようとしているのです。それが何を意味するかは、すでに東京都の国旗・国歌の強制に現れています。憲法に保障された子どもと教師の内心の自由が侵され、表現の自由、良心の自由が侵されています。
なぜそのような愛国心の強制が強行されるのでしょうか。今日の新自由主義的な社会改編の中で、格差化と階層化が進み、フリーターやニートのような人権や将来への見通しを奪われるような雇用や労働の実態が広がり、社会が荒廃し、国家としての統一性が保てない可能性があります。この中で国民を再統合するためには、いまグローバリズムのもとで日本が没落する危機にある、それを克服するためには国民全体が我慢して、この日本がもう一回世界の強国として再登場することが必要だ。そのためには、国民が「愛国心」を持って危機に耐え、国家政策を支えることが必要だ。このような考えを教育で国民に強制しようという意図があるからでしょう。
注意しなければならないことは、今日広まりつつあるナショナリズムの雰囲気は、単なる復古的なものではなく、このグローバリズムの中で、人々が民族や国家単位で競争の中に投げ込まれているように感じ、国家と自分を一体化して、この競争に勝ち抜かなければ自分たちの未来が危うくなると感じていること、日本社会が直面している困難によって、国民がナショナリズムを触発されるというような関係が広がっていて、その感情を利用する形で、強権的な国家政策を推進しようとしていることです。そういう意味で、今私たちが直面しているナショナリズムの危険性は、グローバル化の中で引き起こされている新しい事態に直接結びついたもの、したがってまた二十一世紀の日本と世界のあり方の困難の現れとしてのナショナリズムであり、それとどう取り組むかという課題に、私たちは直面しているのです。
教育の自由の後退
第四の問題は、教育の自由の規定が大幅に後退するということです。教育基本法には直接「教育の自由」という文言は出てきませんが、現行法の第十条に教育の自由の理念が、三つの論理によって、明確に組み込まれています。
一つは「不当な支配」の禁止規定、二つ目は「国民全体に対し直接に責任を負」うという「直接性」の規定、三つ目は、この教育の目標を実現するために、教育行政は「必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」という規定です。この三つが合わさった時に非常に鮮明に、教育の自由の論理が浮かび上がってくるのです。
ところが今回の「改正」案では、第一の「教育は不当な支配に服することなく」という規定については、「法律の定めることころにより」という文言が付け加えられ、法律に規定されていれば「不当な支配ではない」という論理で、教育行政による不当な支配が正当化される論理を組み込むものとなっています。第二の「直接性」の規定は削除されています。「直接性」の理念は、まさに教育の自由の論理の核心的理念であり、また親・住民の教育・学校「参加」を直接根拠づける理念でもあるのですが、今回その規定は完全に削除されています。さらに第三点目の「条件整備行政」の規定も消されています。すでに教育基本法の改悪を提言した中教審答申(二〇〇三年三月二十日)では国家が教育内容について関与することもすでに最高裁判決で認められているという形で、教育内容について国家が関与することは、国民に一定の教育水準を保障するために不可欠だという解釈をとっていました。そして、その解釈を受けるかのように、今度の「改正」案には、「教育水準の維持向上を図る」教育行政活動を「実施しなければならない」と記されています。
こういう改悪が行われれば、教育の自由の論理を構成する重要な規定の三つともが失われ、国家が教育内容や価値に無限に関与していく、そういう法的な構造が作り出されてしまうでしょう。
教育振興基本計画
第四の問題は、教育振興基本計画の根拠規定が第17条に盛り込まれるということです。これは閣議決定されるものです。したがって議会で審議する必要はありません。とにかく内閣が決めれば、直ちにその内容が、「教育基本法の規定にある教育振興計画であるから、ただちに実施するように」という形で、現場に強制されることになるでしょう。その結果、内閣の政策意図に沿って行われる教基法理念の勝手な解釈もまた、その具体化としての「教育振興計画」に組み込まれて、いわば「日常的」に教基法理念の拡大解釈、あるいは理念の歪曲が進められることになる可能性があります。教育基本法は政府を監視する法から、政府の勝手な法文解釈と政策を絶えず合理化して現場に下ろしていくための法に変質させられるという重大な問題であります。
以上の四点が最大の問題です。
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現行教育基本法 (教育の方針) 第二条 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。 教育基本法改悪案 (教育の目標) 第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。 @ 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。 A 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。 B 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。 C 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。 D 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。 教現行教育基本法 (教育行政) 第十条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。 2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。 教育基本法改悪案 (教育行政) 第十六条 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。 2 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。 3 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。 4 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。 (教育振興基本計画) 第十七条 政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。 2 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。 |